【成功を生んだマインドチェンジ】承認欲求から開放された

社会人

こんにちは。たぐちです。

僕の友人の京大卒社会人にインタビューしてみよう企画第4弾テーマ『成功を生んだマインドチェンジ』です。

インタビューと同じテーマでたぐち自身の話も投稿していこうと思っていて、今回がその回です。

僕は高校生まで”承認欲求の塊”で、褒められるために生きていたように思います。

それが大学受験失敗が転機になり、浪人中に考え方を模索して、人の目を気にせずに生きられるようになりました。

どうしても、「人にどのように思われるか」が気になってしまうという人に少しでも参考になれば嬉しいです。

褒められること自体に意味はないと気づいた

高校生までの僕は”褒められることが嬉しい”が大きな原動力になっていました

勉強だけでなく部活や日常生活も同様で、みんなが嫌がる雑用を積極的にやったり、困っている人を助けようとしたりしていた理由の半分以上が”褒められたいから”でした。

大学受験においては、その原動力を最大限活用して京大入試合格の一歩手前まで進みました。

この辺の話は前回の記事にも投稿したので合わせて読んでみてください。

【京大合格につながったエピソード】自主学習で勉強する習慣がついた【たぐち】
こんにちは。たぐちです。 僕の友人の京大卒社会人にインタビューしてみよう企画第2弾テーマ『京大合格につながったエピソード』です。 今回はインタビューではなく、僕自身の話を投稿します。 僕は高校まで地方の公立学校で、...

現役で京大を受験したときの状況を簡単に説明します。

・小中高と地方公立学校で、塾にも行かずに通信教育を受けることもなく、授業と自主学習だけで勉強していた。

・高校入学時は学年でちょうど真ん中だった成績を卒業時には上位5%に入るまで上げていた。

・運動系の部活のキャプテンや運動会・文化祭でも常にリーダーを務めて、勉強以外のことも主体的に取り組んでいた。

そのような状況だったので、「最終的に京大に合格すれば先生だけじゃなくて友達・先輩・後輩からもめっちゃ褒められるぞ」と思っていました。

たぐち
たぐち

“最初から成績が良いわけでもなく、部活や学校イベントにも時間をかけていて、塾にも行っていない奴が自力でめっちゃ頑張って京大受かった”というサクセスストーリーを思い描いていました。

実際に成績は順調に上がっていって、その時点で周りからは良く褒められるようになっていたので、自分の中では順調で「後は合格するだけだ!」と、勝利が決まっているような心情になっていました。

しかし、結果は不合格でした。

また、受験のために一緒に京都に行った友人がいました。

その友人は努力はしないけど成績の良い天才肌で、生活態度も良くなくて、”頭は良いけど褒められることは少ないタイプ”でした。

彼はセンター利用制度で私立大学への進学が既に決まっていて、進学するつもりはないのに記念受験として京大を受験していました。

結果、京大に合格していて、予定通り京大を蹴って私大に進学しました。

たぐち
たぐち

京大蹴る人はほとんど居ないようで、入学金催促の電話先で担当の方がびっくりしていたらしいです。

そのとき僕は理不尽さや虚しさをたくさん感じた記憶があります。

僕の勘違いなんですが、当時の僕は「誰よりも褒められることをしているんだから、誰よりも良い結果が出るはず」と本気で思っていました

自分の不合格と友人の合格の結果を見て、「褒められることには意味がなかったのか。結果が全てなんだ・・・」と思いました。

結果が全てという仮説を検証し続けた浪人生活

浪人生活は”結果にこだわる”ことと、試しに”褒められないことを敢えてやる”ことを大きな方針としていました。

僕の通っていた予備校は、厳しく管理するタイプの予備校でした。

授業も決まったものに出ないといけないし、授業と授業終わりの自習への出欠集計結果が毎月自宅に郵送されていました。

その中で、褒められるためには予備校の方針通りにやるのが良いのが分かっていながら無視していました。

例えば、センター試験の点数が反映されない学部を受験していたので、センター試験対策の授業は全部無視したり、規則が厳しい予備校から抜け出してチューターから怒られたり・・・

高校以前の僕からすると考えられない行動を敢えてやっていました。

たぐち
たぐち

最初は怖かったけど、”悪いことしている”っていう高揚感が初めての感覚だったので、楽しかったです。笑

でも、”わからないところを質問しに行く”とか”自宅で長時間自習する”とか、成績を上げるために必要と思うことは手を抜かずにしっかりやっていました。

最初は怒られることもありましたが、模試でいい成績を取って結果を出すと、段々怒られることもなくなってきました。

最終的に京大に合格して「褒められる行動を取る必要はなく、結果が全てだ」という仮説が検証できました

失敗から立てた仮説のとおりに行動して成功体験を得られたので、「間違ってなかったんだ」と強く思いました。

たぐち
たぐち

「褒められることは必要条件ではない」っていう”反証”をやっていたのが、我ながらナイスです!

承認欲求からの開放

高校までの僕は承認欲求を満たすために自分の言動を選択していたことがとても多くありました。

しかし浪人を経験して「結果が全てだ」と思えるようになってからは、周りの人に何を思われても別にいいやと思えるようになりました

もちろん、「認められなくて悔しい」とか「もっと褒められたい」と”本能的”に思うところはありますが、”理性的”には「それに意味がない」と思えています。

そのおかげで、仕事や私生活などのあらゆる場面でストレスなく生きられていると思います。

ベストセラーの”嫌われる勇気”では、アドラー心理学において承認欲求は否定されており、他者から承認される必要はないし、承認を求めてはいけないと明確に述べられています。

アドラー心理学は、あなたの「承認欲求」を否定する!
『嫌われる勇気』200万部突破を記念して、著者2人による全国書店でのトークイベント開催中!そこで改めて同書が説くアドラーの教えをじっくり考えるため、本文の重要箇所を抜粋して特別公開する。今回は「承認欲求を否定せよ」とするアドラーの教えについて。

完璧ではないし、そう思えたのは偶然ではありますが、アドラー心理学と同じ思想に至れたのはとてもいい経験で、それだけで「浪人して(不合格になって)よかった」と思っています。

僕の場合は人生がかかった出来事だったので、考え方を根本的に変えることができましたが、日常の中でこのような体験をすることはなかなかできないと思います。

それでも、”敢えて怒られることをやってみる”という実験はできます

“周りの人にマイナスのイメージを持たれそう”と思うことの中で、”でも本当はやった方が良い”と思っていることがあれば、実験だと思ってやってみるのが良いと思います。

最初は変な目で見られることもあると思いますが、その結果が出れば見返すことができ、自分としても成功体験が得られるので少しずつ考えを修正できるかもしれません。

上手くいかなくても次改善すればいいし、「自分の思ったとおりにやったけど上手くいきませんでした。あなたの言うとおりでした。」と伝えれば相手も悪い気はしないかと。

僕は専門家でもないので、自分のケースしか話すことができませんが、少なくとも承認欲求の塊だった僕が承認欲求から開放されたのは事実です。

人の目が気になってストレスになっている人がいれば、ぜひ対策を模索してみてください。

 

今回は自分の話でしたが、僕とはタイプの違う京大卒社会人の友人にも同じテーマでインタビューしています。

合わせてこちらも読んでみてください。

成功を生んだマインドチェンジ
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それではまた!

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